どうも、ミニマリストのマツシタケイシ(@time_is_life77)です。


部屋に物が少ないのはいいですね~^^
掃除もラクラクで、まず物をなくさない!


物を少なくしていくのは、ゴミ箱に捨てるまでが勝負です!






・物が多いと...




「あれどこやったかな?」「ここに置いといたはずなのに」「確かここに...」

物が多いと記憶が曖昧になり、いざ必要な時にすぐ出てこなくなりますよね?
特に出かける前ならなおさら。

それにイライラしたり、無駄なエネルギーを使うことになります。


僕も以前は物の山から必死に探して時間も労力も消耗してましたよ。

「おかん、あれどこに直したっけ?」「いつものとこに置いてあるはずなのに」と、

自分もどこに直したかわからない物が親や他人にわかるはずがないw


時間ギリギリまで探して、結局出てこなく部屋をひっくり返すはめに。


物が多いのが悪いのではなく、自分で管理できる許容範囲を超えると物にコントロールされてしまうんですよね。

自分ではうまく使っているつもりが、いつの間にか物の渦に飲み込まれてしまうのです。



・それは必ず襲いかかってくる!




意を決していざ物を捨てようとするとき、それは必ず襲いかかってきます。


「思い出」という記憶の断片です。捨てないでと訴えかけるように持ち主にすがります。
そして出会った頃の気持ちと思い出を走馬燈のように頭の中をかけめぐらします。


写真や手紙などは特に強いでしょう。気がつくと1時間、2時間とたちまち時間を奪われ何百枚、何千枚の写真と離れられなくなってしまうのです。


最近はデジタル化をして元の写真などは手放す方も増えてきてますね。
僕はデジタル化もせず、すべて処分しました。大事なものは記憶に残ってますし、それも必要なくなればまた新しく上書きされていきますからね^^


服なども捨てるとき、必ずもう一度鏡の前で着たりしてませんか?
「きれいだしまだ、着れる!」「もうワンシーズンだけ!」
一度着てしまうと捨てない理由が次々に出てきます。
そしてまたタンスの中に何年もしまいっぱなしになるのです。


思い出と誘惑に負け、物の勝利です!


物として残しておくのは記憶の断片を引き出すトリガーにすぎないと思います。
結局それがないと記憶を引き出せないなら忘れているのと同じだと僕は感じました。



・肝心なのは最初の一歩




長い葛藤の末ようやくゴミ箱に捨てることができたならあなたの勝利です。
一度ゴミ箱に捨てだすと、あれもこれもと勢いづいてきます。


そう、肝心なのは最初一歩!


もちろん雑には扱わず「いい思い出をありがとう」「忘れていてごめんね」と物への感謝を忘れないように、そして一つ一つ記憶に残るように優しく手放していきましょう。


一気に手放していくのが難しいと感じたなら、3か月に一度とか半年に一度とか期間を決めるのもいいかもしれませんね^^


捨てずにリサイクルに回せる物があれば、また他の人に使っていただきましょう。



・ゴミ箱から拾いあげない




一度ゴミ箱に捨てた物は、ゴミ箱から拾いあげない!


ゴミ箱に捨てた物にもう一度手を差し伸べるとそれは磁石のように手元に戻ってきます。
一度戻ってくると次はなかなか捨てれないでしょう。

葛藤はどこかへ消え、思い出とともにタンスの中へ逆戻り。
そうなるとタンスからも出すのが難しくなってしまいますね。


また、1~2回しか使わず捨てた物をまた買ってしまったことはないですか?
拾いあげるならまだしも、捨てたあとまた同じものを買ってしまってたのでは本末転倒です。



・まとめ




あくまでも生活範囲内の物は消耗品です。


使えるところまで使って使えなくなったら買いかえる、または使うのをやめる。
消耗品なのに使わずにタンスの中にずっとしまっておくのは少し滑稽ですよね!


写真も過去の物であり過去に戻れるのは記憶だけで、僕たちは今にしか生きることができないし今をもっとよくしていけるように時間を使うべきなんじゃないでしょうか?


安くて良い物があるのは嬉しいですが、物があふれてるのも事実。



ミニマリストは物ではない何かを求めているのかもしれませんね^^


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